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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13367号 判決

原告

山口ひろ子

ほか一名

被告

福尾多門

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一一二三万〇八六二円及び内金一〇二三万〇八六二円に対する平成六年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告らに対し、各金三五六五万四〇八一円及び内金三四一五万四〇八一円に対する平成六年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車が山口和助(以下「和助」という。)を轢過した事故に関し、和助の妻と子である原告らが、被告に対し、右事故により死亡したとして、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成六年一一月一七日午前零時五五分ころ

(二) 場所 三重県名張市蔵持町原出一三四七番地の一先路上(国道一六五号線、以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(三重三三て三八一九、以下「被告車」という。)

(四) 態様 被告車が本件現場道路で和助を轢過したもの

2  和助は、本件事故当日午前三時一九分、頭蓋骨骨折による脳挫傷により死亡した(甲三)。

3  原告らは、本件事故の損害のてん補として、自動車損害賠償責任保険から保険金三〇一七万二〇〇〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  本件事故と死亡との因果関係の有無

2  過失・過失相殺

(被告の主張)

被告は、和助を轢過した認識はなく、前方の見通しからしても、和助を事故直前に認識する可能性は事実上少なく、被告が和助を轢過することを避けることはできなかつたのであるから、被告に過失はない。仮に過失があるとすれば、先行車両との車間距離を十分とらなかつた点にあるが、そうだとしても、和助は、夜間、車の通行が少なくない路上の中央付近に横臥していたものであるから、その過失割合は五〇パーセントを下らない。

(原告らの主張)

本件事故は、被告が、夜間、横断禁止規制のない市街地を走る本件現場道路を運転するに当たり、十分に車間距離をとり、特に本件では事故直前にタクシーの進路変更などを現認していたのであるから、前方の注視義務を尽くしていれば、路上横臥した和助の存在を認識できる可能性が高かつたのにもかかわらず、これを怠つて飲酒運転により漫然と走行したため、和助を轢過したものであるから、被告の過失割合は八割を下ることはない。

3  損害

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故と死亡との因果関係)及び争点2(過失・過失相殺)について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲三、五ないし一三、二二、乙一、二、証人濱野晃司、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場の概況は別紙図面のとおりである。本件現場は、桔梗が丘派出所前交差点(以下「本件交差点」という。)の西方に位置する国道一六五号線上であるが、右国道は歩車道の区別ある(道路北側に幅二・五メートルの歩道、南側に幅〇・七メートルの路側帯がある。)東西に通ずる片側一車線で、その東行車線は本件交差点手前から右折レーンが設置され、本件現場付近の車道幅員は約八・八メートルであり、最高速度は時速五〇キロメートルに規制されている。前方の見通しはよいが、本件現場付近の明るさは本件事故当時(深夜)はやや暗かつた。路面はアスフアルト舖装で平坦であり、本件事故当時は乾燥していた。本件事故の約三〇分後から実施された実況見分時の五分間の交通量は自動車一〇台、二輪車二台であつた。

(二) 被告は、本件事故前日の午後八時過ぎころ水割二杯程度を飲んだ上、本件事故直前、被告車を運転して時速四、五〇キロメートルで本件現場道路東行車線を直進中、前方に軽四輪自動車、その更に前にタクシーが走行していたところ、図面〈1〉で図面〈a〉の軽四輪自動車(車間距離約七・五メートル)に追い付いたが、その際、右タクシーが図面〈甲〉(被告車の前方約四七・七メートル)で右に進路変更しようとしていたのを認めた(なお、被告はこの進路変更を右折レーンに入つて右折するものと認識していた。)。その後、右軽四輸の後ろを右車間距離を保持しながら時速三、四〇キロメートルで走行していたが、図面〈2〉で図面〈b〉の右軽四輪が左に進路変更して急に減速したので(この時の車間距離は約四・六メートル)、右にハンドルを切つて右軽四輪との衝突を避けて進行し、図面〈3〉のとき図面〈×〉で何かを轢くシヨツクを感じたが、そのまま停止せずに直進した。なお、右事故直後発見された被告車には、前部バンパーの左側前面に拭き残されたと思われる円状の汚れの付着、左スカート部の左フオグランプ部の脱落、左側スカート部の底部に長さ約三〇センチメートルにわたる擦過痕、同所に毛髪様のもの一本の付着などの痕跡が認められた。

(三) 和助は、本件現場付近道路を南から北へ横断していたところ、前記タクシー運転者の青木稔は、横断中に転倒した和助を約一六メートル手前の図面〈B〉(車道北端から中央寄り約三メートルの右折レーンとの区分線付近)で発見したが、右側方を通過して轢過を回避し、前記軽四輪の運転者田村美恵は、図面〈B〉のダンボールか紙袋様のもの(和助)を約一三メートル手前で認めたので、前記のとおり左に進路変更し減速してその左側方を通過して(側方通過の際、人であることを確認)轢過を回避したが、そのすぐ後ろを追従して走行していた被告車が前記のとおり和助を轢過した。なお、被告車以外に和助を轢過した痕跡を残す車両は証拠上認められない。

(四) 前記状況においては、被告車運転の被告からは、和助が本件道路を横断し、図面〈B〉に転倒するまでの見通しは、先行する前記軽四輪が視野を妨げたこともあつて著しく困難であつた。

2  以上の事実によれば、被告は、夜間、特に歩車道の区別ある市街地を走る本件現場道路を運転するに当たつては、十分な車間距離をとつて走行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて前記軽四輪の後ろに被告車を付けて走行していたため、前記軽四輪が障害となつて図面〈B〉の路上に横臥していた和助を事前に発見できず、これを轢過し、頭蓋骨骨折による脳挫傷により死に至らしめたことが認められるが、他方、和助にも、深夜で交通量が少なくなつていたとはいえ、暗い本件事故現場付近の車道幅が九メートル近くもある国道を南から北へ横断中、道路中央近くの図面〈B〉で転倒して横臥した過失が認められるから、前記事故態様、双方の過失内容等を勘案すれば、和助の過失割合は五割が相当である。

二  争点3(損害)について(円未満切捨て)

1  治療費(主張額一六万九八〇〇円) 一六万九八〇〇円

和助の本件事故による治療費として一六万九八〇〇円を要したことが認められる(甲四の1、2)。

2  逸失利益(主張額九四五〇万三七三八円) 七四八九万七六五〇円

和助は、本件事故当時(四五歳)、大阪市消防職員(消防司令補)であり、平成六年七月一日付けで消防職給与表三級二五号給(給与月額三六万一四〇〇円)に昇給し、月額三六万五九〇〇円〔年額に直すと四三九万〇八〇〇円、なお、本件事故当日付けで三級二六号給に昇給(給与月額三六万五二〇〇円)したが、改定後の支給金額が不明のため、三六万五九〇〇円を基礎とする。〕の支給を受けていたことが認められ(甲一四ないし二一、二三)、右給与月額を前提に職員の給与に関する条例(本件事故直後の平成六年一二月一九日付け改正分を使用、甲一四)及び職員等の期末手当及び勤勉手当に関する条例(甲一五)を適用して各種手当(原告らが主張しない通勤手当を除く)を加えて和助の本件事故年度の年収を概算すると、合計八六二万〇九五七円〔扶養手当三八万五二〇〇円(なお、和助四九歳から子の扶養がなくなり、扶養手当が減少する。)、調整手当四七万七六〇〇円、特殊勤務手当と超過勤務手当八七万九一九〇円(本件事故前一年間の実績)、住居手当七万七五〇〇円、期末手当と勤勉手当二四一万〇六六七円(本件事故前一年間の実績)〕となると認められるところ、和助は右程度の年収を定年退職する六〇歳まで得られるものと認められるから、右年収を前提に定年退職する六〇歳までの逸失利益を算定するのが相当である。これに対し、原告らは、職員の給与に関する条例第五条五項を根拠に毎年一号給ずつ昇給するとして、右昇給を前提とした逸失利益の算定をすべき旨主張するが、同条例の同条同項によれば、「一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、一号給上位の号給に昇給させることができる。」と規定され、勤務成績により昇給が左右されることになつているし、消防職員の昇給実態も不明であること等を勘案すれば、原告らの右主張は採用できない(なお、昇給を考慮しない反面、前記算定によれば、将来消滅する子の扶養手当及び右扶養手当を基礎とした手当収入を補う程度の収入を将来得られるものと評価したことになる。)。

また、定年退職後は、賃金センサスによる平均給与額程度の年収があると認め、右年収を基礎に逸失利益を算定するのが相当であるところ、和助は大卒であるから、原告ら主張の平成四年度産業計・企業規模計・男子労働者の大卒の賃金センサスによれば、六一歳から六四歳までは年収七一九万七六〇〇円、六五歳から就労可能年数である六七歳までは年収七〇五万四九〇〇円であると認められる。そして、和助は、本件事故当時、妻、祖父、子と同居し、子は、本件事故当時、一八歳で大学受験を控えていたが、結局、一浪して歯科大学に入学したこと等の家庭状況を勘案すれば、定年までは生活費控除率は三〇パーセント、定年後は四〇パーセントとするのが相当であるから、以上を前提にしてホフマン式計算法で中間利息を控除して逸失利益を算定すると、以下のとおり七四八九万七六五〇円となる。

8,620,957×(1-0.3)×7.9449=47,944,848

7,197,600×(1-0.4)×3.5643=15,392,643

7,054,900×(1-0.4)×2.731=11,560,159

47,944,848+15,392,643+11,560,159=74,897,650

3  退職金(主張額四二万六六六五円) 〇円

原告らは、昇給を前提とした退職金支給見込み額と既に受け取つた退職金との差額を主張するが、右主張は昇給を前提としたものであるから、前記認定のとおり昇給を認めない以上、右主張は認められない。

4  死亡慰謝料(主張額二六〇〇万円) 二五〇〇万円

前記した事故態様、家族構成等の諸事情を勘案すると、死亡慰謝料は二五〇〇万円を認めるのが相当である。

5  葬儀費用(主張額二〇〇万円) 一二〇万円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては一二〇万円を認めるのが相当である。

6  以上の損害合計は、一億〇一二六万七四五〇円となるが、前記した五割の過失相殺をし、既払金三〇一七万二〇〇〇円を控除すると、二〇四六万一七二五円となる。

7  弁護士費用(主張額三〇〇万円) 二〇〇万円

本件事案の内容、認容額等一切の事情を考慮すると、二〇〇万円が相当である。

三  以上によれば、原告らの請求は、各金一一二三万〇八六二円及び弁護士費用を除く内金一〇二三万〇八六二円に対する本件事故日である平成六年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

別紙図面

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